大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和47年(レ)293号 判決

控訴人 片岡広之

右訴訟代理人弁護士 越山康

被控訴人 鈴木ゆきゑ

右訴訟代理人弁護士 藤広驥三

同右 松原護

主文

一1  原判決を左のとおり変更する。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金四五万六九二六円の支払をせよ。

3  控訴人のその余の請求を棄却する。

二(訴の追加的変更による予備的請求につき)

1  被控訴人は、控訴人に対し、金八万〇二七四円と右金員および前項2の金四五万六九二六円に対する昭和四七年一〇月二七日から右支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  控訴人が被控訴人に賃貸中の別紙目録記載の建物部分の賃料は、昭和四七年一一月一日以降一か月金一万二九〇〇円であることを確認する。

3  控訴人のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一・第二審を通じこれを五分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

四  第一項2、第二項1および第三項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

1(一)  原判決を左のとおり変更する。

(二)  被控訴人は、控訴人に対し、別紙目録記載の建物部分を明渡し、かつ昭和四二年三月一日から右明渡済みまで一か月金一万五〇〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

2(訴の追加的変更による予備的請求)

(一)  被控訴人は、控訴人に対し、金一五万二四一九円と右金員および前項(二)の金員のうち昭和四二年三月一日から昭和四六年一二月二六日までの金八六万七五八一円の合計金一〇二万円に対する昭和四七年一〇月二七日から右支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

(訴の追加的変更申立書には、金一〇二万円とこれに対する右書面送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める旨記載されているが、そのうち金八六万七五八一円は原審においても請求しているのでこれを善解すれば右のようになる。)

(二)  控訴人が被控訴人に賃貸中の別紙目録記載の建物部分の賃料は、昭和四七年一一月一日以降一か月金二万五〇〇〇円であることを確認する。

3  訴訟費用は第一・第二審とも被控訴人の負担とする。

4  第1項(二)、第2項(一)、第3項につき仮執行宣言

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2(訴の追加的変更による予備的請求に対し)

控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因(控訴人)

1  別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)の所有者であった訴外金子貞は、昭和四一年八月二一日、被控訴人に本件建物の内同目録記載の四畳半間付店舗部分(以下本件店舗という。)を賃料は一か月金六〇〇〇円、毎月末にその翌月分を支払うこと、現状のままで使用することとの約定で賃貸した。

2  控訴人は、昭和四二年一月一五日、訴外金子貞から本件建物を買い受けると共に、右賃貸人の地位を承継した。

3  控訴人は、右一か月金六〇〇〇円の賃料が比隣の借賃に比し不相当になったので、同月被控訴人に対し、同年二月一日から一か月金一万五〇〇〇円に増額する旨の意思表示をした。

4  その後、控訴人又は控訴人の代理人訴外大島睦男は第6項の解除の意思表示がなされるまで毎月一、二回位宛、右増額賃料の支払を被控訴人に催告してきた。

5  被控訴人は、昭和四三年七月三〇日頃、本件店舗を現状のまま使用することとの約定に違反して、本件店舗の内壁にベニヤ板を張り廻らし、天井を張り替えたりしてその上にペンキを塗り、かつ壁面に固定されていたカウンターを移動する等の改造工事を施した。

6  右改造は原状に復することが不可能な程度のものであったので、控訴人は、これが原状回復を求めることなく直ちに、昭和四三年八月一三日到達の内容証明郵便により被控訴人に対し、右特約違反を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をすると共に、昭和四二年二月一日から昭和四三年八月三一日までの延滞賃料合計金二八万五〇〇〇円(一か月金一万五〇〇〇円)を右郵便到達後三日以内に支払うべき旨催告した。

7  控訴人は、昭和四六年一一月二六日、本件口頭弁論期日(原審)において、被控訴人に対し、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

8  控訴人は、本件店舗の賃料一か月金一万五〇〇〇円が比隣の借賃と比較して不相当になったので、昭和四七年一〇月二六日の本件口頭弁論期日(当審)において、同年一一月一日からこれを一か月金二万五〇〇〇円に増額する旨の意思表示をした。

9  よって控訴人は、被控訴人に対し

(一) 賃貸借終了を理由として本件建物部分の明渡

(二) 昭和四二年三月一日から左記の日までの一か月金一万五〇〇〇円の割合による賃料およびこれに対する催告後である昭和四七年一〇月二七日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払

(1) 右賃貸借終了の日である昭和四三年八月一三日(第一次予備的に同月一六日、第二次予備的に昭和四六年一二月二六日)

(2) 右賃貸借が終了していない場合は予備的に昭和四七年一〇月三一日

(三) 右賃貸借終了の日の翌日から右明渡済みまで、一か月金一万五〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払

(四)(賃貸借終了による本件建物部分の明渡が認められない場合は予備的に)

控訴人が被控訴人に対し賃貸中の本件建物部分の賃料が昭和四七年一一月一日以降一か月金二万五〇〇〇円であることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否(被控訴人)

1  請求原因1のうち、被控訴人が本件建物の所有者訴外金子貞から本件店舗を賃料一か月金六〇〇〇円、毎月末にその翌月分を支払うとの約定で賃借していたことは認め、その余は否認する。本件賃貸借は、被控訴人と訴外金子貞との間に成立したものではなく、本件建物が右訴外人の前主である訴外堀江ブンの所有に属していた当時、被控訴人と訴外堀江ブンとの間において成立したものであって、訴外金子貞は訴外堀江ブンから本件建物を買い受けることによって、その賃貸人の地位を承継したものである。

2  同2は認める。

3  同3はそのうち昭和四二年二月一日から本件店舗の賃料が一か月金一万五〇〇〇円が相当であるとの点は否認し、その余は認める。

4  同4は認める。

5  同5はそのうち本件店舗を現状のままで使用するとの特約に反したことは否認し、その余は認める。

6  同6は、そのうち被控訴人の施した改造が原状に復することが不可能な程度のものであったことを否認し、その余は認める。

7  同8のうち本件店舗の賃料が昭和四七年一一月一日以降一か月金二万五〇〇〇円が相当であるとの点は否認する。

8  同9は争う。

三  抗弁(被控訴人)

1  訴外堀江ブンは、被控訴人に対し、本件店舗の改造を被控訴人において自由になしうる旨予め承諾していた。

2  被控訴人は、昭和四二年一月以降、被控訴人方に賃料の請求に赴いた控訴人またはその代理人である訴外大島睦男に対し、一か月金六〇〇〇円の割合による従前の賃料なら直ちに支払う旨を告げ、その受領を促したが、控訴人または訴外大島睦男は、その都度増額賃料でなければ受領しない態度を示してこれが受領を拒絶した。

3  被控訴人は、昭和四三年八月末頃、控訴人の代理人である訴外越山康弁護士に対し、右訴外人の事務所において、催告にかかる昭和四二年二月一日から昭和四三年八月末日までの賃料中、自己の正当と信ずる一か月金六〇〇〇円の割合による賃料合計金一一万四〇〇〇円を現実に提供した。

4  控訴人は、前記の如く一か月金六〇〇〇円の賃料を一挙に二倍半にも当る一か月金一万五〇〇〇円に値上げしたのであるが、このような場合、控訴人としては、まずこれを争う被控訴人に対し、適正賃料の確定を求める訴を提起して、その確定を求めるべきである。しかるに貸家業を営む控訴人は、賃借人の交替による利潤獲得を図り、被控訴人を本件店舗から放逐するため、右の如き不当に高額な賃料の請求をし、法律的に無知な被控訴人が狼狽のため適切な措置を講じえなかったことを利用して本件解除の挙に出たものであって、右は解除権の濫用である。

四  抗弁に対する認否(控訴人)

すべて否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一  被控訴人が昭和四一年八月二一日以降、本件建物の所有者訴外金子貞から本件店舗を賃料一ヵ月金六〇〇〇円、毎月末にその翌月分を支払う約定で賃借していたことは当事者間に争いがない。そして、≪証拠省略≫によると、被控訴人は昭和三五年五月一〇日当時本件建物の所有者であった訴外堀江ブンから甲第一号証の賃貸借契約書を作成して本件店舗を賃借したこと(甲第一号証には賃貸人として堀江重太郎と記載されているが、≪証拠省略≫によると、これは当時本件建物が登記簿上、訴外堀江ブンの夫である訴外堀江重太郎の所有となっていたため便宜的に表示されたにすぎないことが認められる。)、その後、被控訴人は昭和四一年八月二一日頃、新しく本件建物の所有者となった訴外金子貞との間で、甲第一号証とほぼ同一内容の甲第二号証を作成して右賃貸人の地位が訴外金子貞に承継されたことを確認したこと(甲第二号証には期間を昭和三五年五月一〇日からとする旨記載されているので、被控訴人と訴外金子貞との合意は、右に認定したように訴外金子貞が賃貸人の地位を承継したことを確認したものと解するのが相当である。)以上の事実が認められる。

二  次に控訴人が昭和四二年一月一五日、訴外金子貞から本件建物を買い受けると共に右賃貸人の地位を承継したことは当事者間に争いがない。

三  そして、被控訴人が昭和四三年七月三〇日頃、請求原因5の改造工事を行ったことおよびこれに対し被控訴人が昭和四三年八月一三日到達の内容証明郵便で被控訴人に対し、右改造工事を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことも当事者間に争いがない。

四  そこで、次に右解除の効力につき判断する。

本件店舗を現状のまま使用するとの特約については、甲第一・第二号証にはいずれもその旨の記載があり、被控訴人は右甲第一・第二号証の成立を認めているのであるから、仮に被控訴人がその供述どおり右契約書に目を通さなかったとしてもただそれだけのことで、特段の事情のない限り被控訴人も右契約書に記載されている内容で賃貸借契約を締結する意思を有していたものと推認するのが相当である。しかし、現状変更禁止の特約の趣旨を文字どおり建物に何らかの変更を加える行為をすべて禁止することにあるとするのは相当ではなく、店舗の価値を低下させる行為、店舗に原状回復の不可能または著しく困難な構造的変更を加える行為、賃貸借終了時において高額の有益費返還請求のなされる可能性のある行為等、賃貸人に不利益な結果をもたらす行為のみを禁止することにあると解するのが相当である。

そこで進んで被控訴人の行った改造工事が右特約の趣旨に反するか否かにつき判断する。

まずカウンターの移動については、≪証拠省略≫によると、被控訴人が取り除いた古いカウンターは、昭和三五年五月一〇日本件店舗を賃借した際に小料理店として使用するため訴外堀江ブンの承諾を得て新たに設置したものであることが認められるので、これを取り除いたとしても控訴人の所有権を侵害するものではなく、昭和四三年七月三〇日頃設置したカウンターも壁面に固定されていても容易に取り除き、その跡を修復することが可能であると考えられるから、控訴人になんら不利益な結果をもたらすものではない。

次に天井板の張り替えについては、≪証拠省略≫によると、本件店舗の階上にある貸室の排水設備に不備な点があり、排水が店舗の天井に漏れていたため天井板が腐朽し、修理を必要とする状態が生じたためにやむなく行ったものであることが認められるところ、右のような修理はむしろ賃貸人の義務というべきであり、賃借人である被控訴人がこれを行ったとしても控訴人になんらの不利益な結果をもたらすものではない。

更に周囲の壁に新建材のベニヤ板を張ったことについては、これにより店舗の用途が限定されることもなく、その価値が増加するのみであって、有益費の償還といっても左程のものではないと考えられるから、控訴人にとって別段不利益なものではない。

以上のとおり、本件改造工事はいずれも前記特約の趣旨に反するものではないから、特約違反を理由とする解除の意思表示はその効力を生じないというべきである。

六  しかし、解除の意思表示に理由が付されていても、特段の事情のない限り他の理由による解除を排斥する趣旨ではないと解すべきであるから、次に右解除の意思表示のなされるまでの賃料不払いの点につき判断する。

控訴人が賃貸人の地位を承継した昭和四二年一月、被控訴人に対し、一か月金六〇〇〇円の賃料が比隣の借賃に比し不相当になったとして、同年二月一日から一か月金一万五〇〇〇円に増額する旨の意思表示をしたことおよびその後、控訴人またはその代理人訴外大島睦男が前記解除の意思表示のなされるまで毎月一、二回位宛右増額賃料の支払を被控訴人に催告してきたことは当事者間に争いがない。

しかし、≪証拠省略≫によると、被控訴人は、本件店舗において右催告がなされる都度、控訴人または訴外大島睦男に対し、従前の一か月金六〇〇〇円の賃料ならいつでも支払う旨申し出たが、控訴人らは一か月金一万五〇〇〇円の賃料でなければ受領しないとの態度を示してこれを拒絶した事実が認められる。

右の提供に際し、被控訴人がいつでも支払う旨申し出た一か月金六〇〇〇円の賃料につき、これを控訴人または訴外大島睦男の面前に提示した事実は本件全証拠によるもこれを認めることができないが、≪証拠省略≫によると、被控訴人は昭和四二年二月以降、一か月金六〇〇〇円の割合による各月の賃料を、供託するつもりで、誤って銀行に預金していた事実が認められ、この事実と支払の申出が本件店舗においてなされたことを合わせ考えると、控訴人または訴外大島睦男が受領する意思を示したならば、当月の賃料は直ちに支払い、それまでの賃料も遅滞なく支払うことのできる状態であったと推認できるので、控訴人又は訴外大島睦男の催告の都度有効な賃料の提供がなされたものというべきである。

よって控訴人のした昭和四三年八月一三日の解除の意思表示は賃料不払を理由としてもその効力を生じないことになる。

七  次に控訴人が右解除の意思表示と同時に昭和四二年二月一日から昭和四三年八月三一日までの賃料(一か月金一万五〇〇〇円の割合)を内容証明郵便到達後三日以内に支払うべき旨催告したことも当事者間に争いがない。しかし右解除の意思表示を三日間の期限付解除の意思表示と解することはできないので、右期間内に被控訴人が賃料の支払をしなかったとしても右期間の経過をもって本件賃貸借契約が解除されたことにはならないというべきである。

八  さらに、控訴人は右催告後の解除の意思表示として、昭和四六年一〇月二六日の本件口頭弁論期日(原審)において解除の意思表示をしたことを主張しているので、次にこの点につき判断する。

右解除の意思表示がなされたことは記録上明らかであるが、≪証拠省略≫によると、被控訴人は前記催告に応じ催告期間経過後である昭和四三年八月二八日、前記銀行預金の払戻を受けたうえ、控訴人の代理人である訴外越山康弁護士の事務所へ昭和四二年二月一日から昭和四三年八月三一日までの自己の相当と信じる一か月金六〇〇〇円の割合による賃料合計金一一万四〇〇〇円を持参し、同弁護士にその受領を求めた事実が認められる。受領を求めた以上、仮に被控訴人が右金員を同弁護士の面前に提示しなかったとしても現実に提供したということができるから、これより控訴人の解除権は消滅したことになる。

従ってその後になされた前記解除の意思表示は効力を生じない。

九  以上判示のとおりで、その余の抗弁事実を判断するまでもなく、控訴人の主張する解除は無効というべきである。

一〇  そこで進んで貸料の値上げについて判断する。

1  被控訴人本人(原審・当審)は本件店舗を賃借するに際し、訴外堀江ブンから賃料は一か月金六〇〇〇円から永久に値上げしない旨の確約を得た旨供述し、その値上げをしない理由として被控訴人において本件店舗の修繕をすることが条件となっていたこととか譲渡権利として本件店舗の権利を金二五万円で買っていることとかをあげているが、甲第一・二号証には事情の変更により賃料の改訂される可能性のあることが明記されており、特段の事情のない限りその記載どおりの内容で合意がなされたと認めるのが相当であることは前示のとおりである。

そして本件全証拠によるも、被控訴人が本件で争点となった前記改造工事以外に本件店舗につきなんらかの修繕を行ってきた事実を認めることができないので、被控訴人において本件店舗の修繕をする義務を負担し、これに対応して賃料の値上げはしない旨の合意がなされたとする前記供述は採用し難いし、いわゆる譲渡権利として本件店舗での賃借営業権を買い受けたとの点についても、≪証拠省略≫によると、被控訴人は本件店舗の前賃借人である訴外武田君子に対し本件店舗の賃借権の譲渡を受けた対価として金二五万円を支払ったものであって、訴外堀江ブンに対しては権利金または敷金等として全然金員を支払わなかった事実が認められるので(訴外堀江ブンとの関係では新たに賃貸借契約が締結されたものであることは前記のとおりであるが、仮に訴外堀江ブンにより賃借権譲渡の承諾がなされたに過ぎないとしても訴外武田君子から訴外堀江ブンに対し権利金または敷金等が支払われていたと認めるに足りる証拠はない。)、賃料値上げをしない合理的理由として首肯できないし、予め賃借権譲渡の承諾がなされていることも賃料を低くする理由とはなりえても、これを据え置く理由とはなりえないから訴外堀江ブンから賃料は永久に値上げしないとの確約を得ていた旨の前記供述は採用できない。

2  昭和四二年二月一日当時の相当賃料について

控訴人が昭和四二年一月被控訴人に対し、本件店舗の賃料を一か月金一万五〇〇〇円に増額する旨の意思表示をしたことが当事者間に争いがないことは前示のとおりである。

鑑定人大澤清は本件店舗の昭和四二年二月当時の積算賃料(土地および建物価格に期待利廻りを乗じたものに必要経費を加えて求めた賃料)を一平方メートル当り金二一二円、比準賃料(近隣における賃貸事例と本件店舗の品等を比較対照して求めた賃料)を一平方メートル当り金三七九円と算定し、これらを支払賃料(一か月金六〇〇〇円)一平方メートル当り金三〇三円との平均値をもって相当賃料一平方メートル当り金三〇〇円を算定している。しかし、右算定にかかる比準賃料は別紙計算表1のとおりの計算に基づくが、そこで用いられた昭和四七年三月の建築費指数二三一・九が一五六・九の誤りであることは鑑定書の記載内容からも明らかであるから、この正しい数値によって算定しなおすと比準賃料は一平方メートル当り金五六三円となる(同表2)。また支払賃料も本件店舗の面積が一七・五二平方メートルであるから一平方メートル当り金三四二円である。

しかし、比準賃料および支払賃料を右のように訂正したとしても右三者の平均値をもって相当賃料とすべき必然的理由はない。

相当賃料は借家法第七条掲記の諸要素を考慮して定めるべきものであるから、次に右に算定された積算賃料および比準賃料をこの点から検討することにする。

積算賃料については、昭和三五年五月に定められた一平方メートル当り金三四二円をはるかに下廻ることから明らかなように、算定の基礎となった土地・建物の価格決定に判断者の裁量にかかる事項が多く、客観性にやや欠ける面がある他、本件店舗の賃料決定についての当事者間の主観的事情が十分考慮されていないというべきである。

これに対し比準賃料は、昭和四八年四月一日の本件店舗の賃料を別紙(二)の賃貸取引事例および本件店舗の品等管理状況等を考慮して一平方メートル当り金一〇〇〇円としたうえ(右賃貸事例と比較して一平方メートル当り金一〇〇〇円は決して高いとは考えられない。)、これを基礎に昭和四七年四月以降の土地・家屋の価額の異常な上昇を考慮してまず土地価額の上昇率年三〇パーセントを用いて昭和四七年三月の賃料を算出し(一平方メートル当り七五九円)、それ以前への還元については土地価額より上昇率の高い建物建築費指数(昭和四七年二月は一一四・八、昭和四七年三月は一五六・七)を用いて昭和四二年二月当時の賃料を算定したものであって、右還元率は物価上昇率に相当するがそれ以上であると考えられるから本件店舗の賃料を判定するための一応の尺度としてはかなり合理的なものと考えられる。

しかし、前示のとおり本件賃料の決定は当時者間の主観的要因(特に本件では被控訴人が本件店舗における営業からあげうる収益)に左右されるところが大きいと考えられるところ、≪証拠省略≫によると昭和五〇年二月頃における被控訴人の収益(本件店舗で小料理店を経営することによる。)は一か月五ないし一〇万円程度であることが認められ、右事実から昭和四二年二月当時はこれよりかなり低額であったと推認できるので、右の収益状況も当然賃料算定に考慮すべきであるが、その算定方法において賃貸人側からの収益を考慮している積算賃料が一平方メートル当り金二一二円であることをも合わせ考えると、昭和四二年二月当時の賃料は前記比準賃料の八割をもって相当とする。右に従って計算すると別紙計算表3のとおりであるが、賃料決定に際しては一〇〇円未満を四捨五入して定めるのが通常であると考えられるから、本件店舗の昭和四二年二月一日当時の相当賃料は一か月金七九〇〇円となる。

3  昭和四七年一一月一日当時の相当賃料について

控訴人が昭和四七年一〇月二六日の本件口頭弁論期日(当審)において、被控訴人に対し、同年一一月一日から賃料を一か月金二万五〇〇〇円に増額する旨の意思表示をしたことは訴訟上明らかである。

大澤清鑑定人は昭和四七年一一月一日当時の賃料につきまず積算賃料一平方メートル当り金五三三円と比準賃料一平方メートル当り金九二二円を算出し、賃貸人に金二五万円の権利金が交付されておりその運用利益があることを考慮してその平均額の八割をもって相当額であるとしているが、前示のとおり被控訴人から訴外堀江ブンに対し権利金、敷金等としてなんらの金員も交付されていないのであるから、前項同様比準賃料を基礎とし、被控訴人の本件店舗における収益、積算賃料額、昭和四二年二月から五年八か月の期間が経過していること等を総合判断して右比準賃料額の八〇パーセントが相当賃料であるというべきである。右計算は別紙計算表4のとおりであるが、前項同様一〇〇円未満を四捨五入すると一か月金一万二九〇〇円となる。

一一  従って控訴人の本件請求は、昭和四二年三月一日から昭和四七年一〇月三一日までの一か月金七九〇〇円の割合による賃料合計金五三万七二〇〇円とこれに対する昭和四七年一〇月二七日から年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分と本件店舗の賃料が昭和四七年一一月一日以降一か月金一万二九〇〇円であることの確認を求める限度で理由があり、その余はすべて理由がないことになる。

一二  以上説明の次第で当裁判所の判断は原審のそれと一部符号しないものがあり、本件控訴は一部理由があるから原判決はその限度でこれを変更することとし、当審における訴の追加的変更による予備的請求については前節判示の限度で認容しその余は棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九六条、第九五条、第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 倉田卓次 裁判官 岡久幸治 裁判官並木茂は転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 倉田卓次)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例